11/6(水) 6:12配信
文春オンライン
『太陽を盗んだ男』(販売元:ショウゲート)
〈「邦画は全然ダメだ。僕らが8ミリで撮っている方が面白いんじゃないか?」黒沢清監督を動かした“不遜な思い”〉 から続く
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立教大学で蓮實重彦氏との運命的な出会いとともに、黒沢清監督は自主映画作りを続けていく。そんなときに手伝いを誘われた映画が、『太陽を盗んだ男』だった。好評インタビューシリーズの第6弾。(全4回の3回目/ 4回目 に続く)
『太陽を盗んだ男』で初めてプロの現場を体験
―― 8ミリを撮りながら、黒沢さんもプロの現場に参加されるようになっていくんですね。
黒沢 それは本当にたまたま、長谷川和彦監督と知り合ったので、『太陽を盗んだ男』という映画を撮るから現場に付けと言われて。脚本を書いている時からずっと付き合っていたんですけど。僕が大学4年生の時です。全然大学には行けず、『太陽を盗んだ男』が終わって大学に戻ってみると、5年生になっていた(笑)。
―― それで5年かかったんですね。
黒沢 だから就職活動をする時期に全くそんなことは考える暇もなく、『太陽を盗んだ男』の現場に居たということでした。
―― 『太陽を盗んだ男』の現場ではどんなことを感じました? プロの現場を初めて見たわけですよね。
黒沢 いやー、やっぱり今思い出しても恥ずかしくなるほど生意気でしたよね。
―― 制作部だったんですか?
黒沢 制作進行の一番下っ端の弁当運びでした。いくつか「うわ、プロはすごいな」というのはありました。まず照明がすごいなと。「こんなでかい照明であんな遠くのものに当てるんだ」「これはかなわないな」と。ライトをスチロール板に反射して当てると、柔らかくなって全体に当たる間接照明。これを『太陽を盗んだ男』の現場で初めて知った。「反射光で当てるんだよ」というのは、僕が大学に戻ってSPP内でも広めたんです。そういう照明は本当に勉強になりました。
ただ、長谷川さんが撮っているのを見ていて、制作進行なんだけど「このカットは要らないんじゃない?」とか、「僕だったらこう撮る」とか。それは自分がすでに8ミリを撮っていたという、何か妙な自信があって、結構客観的に「なるほどね。このカットは確かにいいかもな」とか、「これ要らない」とか、すごく冷静なつもりで見ていました。
―― 監督にはそう言わなかったんですか?
黒沢 時々言いました。「ここ、こう撮りませんか?」とか。
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プルトニウムを盗んだ男じゃ締まらないよね
うまく言えないけど、盗んだのはモノじゃないんだよなぁ
なに、そのカリオストロ
敗北するのは沢田研二だと思っていたから
水谷豊が派出所勤務だった頃だね
西田敏行がチョイ役で出てるって氏んだとき知って謎に評判いいから見たけど
こういうの撮れるチームいたんだね
荒いし雑だけど凄い良かった
ターザンロープで襲撃して爆弾を奪い返すあたりが一番雑
署内の狭い室内に刑事が集まって原爆を守ってるのもシュールだし
あんな乱射されても怪我1つせず原爆を回収する鮮やかさに痺れたわ
ヘリにぶら下がってショットガンとか画が面白きゃ細けえことはいいんだよ
なメリハリや勢いが今の邦画に足りない
才能が才能を呼ぶとか昭和はよく聞くね
引用元:https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1730845080/
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